3月10日のこと…。バタバタしてたら遅くなりました(;^^)/
西堀本覚寺様を会場に新潟県東部声明司会の研修会に参加させて頂きました♪
まだまだ気温が一桁ですが💦寒い中一生懸命に花を咲かせていますね🌸
「お前も頑張れよ♪」←っと後押しされているかのようです(*´з`)
山梨県の村上通明先生をお迎えし所作は勿論、普段の生活に置ける僧侶の立ち振る舞いを教えて頂きました。
聞きやすいと言うか!?普段考えもつかない視点から問題定義📝←その答えを教えて頂き気分爽快✨
声明七曲も基本動作からのおさらい🎤奥が深い(;´з`)/
令和6年の11月から始まる荒行堂。私自身五回目・最後の荒行を目指して調整中です🎵
以前もお話しましたが『お上人さんを一人で行かせる訳にはいかねぇ♪だけれども我々檀家集が一緒に入行する訳にもいかねぇ…。ならばお上人さんをば必ず護って「生きて返してくれる守り神」を志ある方に募ってお寺に奉納させてもらいたい!成満後は「我々檀信徒の御守護を頂く御仏像となる様に」お上人さん♪沢山お経を吹き込んで来てくれ!』
なんと有難いお言葉とお気持で💗胸が一杯になりました(*ノωノ)
法華寺の住職をさせて頂いて幸せ者です(/ω\)
下絵に彩色して本堂にお祀りすると「どんな感じになるのか?」試してみました。
単体で見ると相当な大きさですが💦御宝前に収まると丁度良いお姿。
お彼岸法要の際にでも皆様お参り下さい(#^^#)
令和5年3月14日。日蓮聖人が佐渡ご流罪をとかれ御出立されて750年の御聖日✨
まずは令和3年12月6日に残念ながら焼失した一谷妙照寺様の復興祈願🎤
当時、越後寺泊に出向する船が停泊する真浦に向かう為に
この海岸から出船されました。一説には陸路の説もありますが伝承があるのだから船でしょう(;^^)/
日蓮聖人を偲び集落の人々の手で建立された日蓮堂(法華堂)にて
日蓮聖人佐渡御出立&御赦免750年の法要が厳修されました。
およそ100年振りに修復された日蓮聖人像。
聖人はこの真浦の地を後に柏崎、そして鎌倉へ向かわれます。
御出立の夜半。まだ薄暗い時間に佐渡で教化した弟子や篤信の御信者さん方に見送られ🚢
うっすらと本土へ旅立つ日蓮聖人へ、たまらず御題目をお唱えし聖人も御題目でお応えすると
揺れる海上に月明かりに照らされて御題目が浮かび上がりました。これがこの地に伝わる「波題目」。
船元・永井家に格護されている薄墨のお曼荼羅。
宝物館や美術館でガラス越しで拝見することはあっても直接、配したのはこれが初めて(^人^)
佐渡で日蓮聖人の御心を感じることが出来ました(*´з`)
「佐渡島信徒たちとの別れ」 ~日蓮聖人 真浦ものがたり~
日蓮聖人が佐渡御流の御赦免を受け、本土へ向かわれた出船の地が「真浦の津」である。佐渡在島中のお住まいであった塚原三昧堂(現根本寺)・一谷妙正寺に比べて、あまり訪れる機会のない霊地。また「日蓮宗檀徒」ではなく「真言宗信徒」が多い地域集落の方々の手によって長く護持されて来た、きわめて稀有な御霊跡です。
文永11年(1274)3月8日に赦免状が佐渡の日蓮聖人の元に届き、その5日後の3月13日に一谷の地を出立されました。真野湾に面した小さな港「塩屋崎」《渋手の霊跡》から乗船し(※陸路の説も有り)当時、越後寺泊へ渡る浜港となっていた真浦へと向かわれました。この地に到着された13日と翌日14日の二泊滞在されたと伝わっている所です。
いまだ日蓮聖人の命を狙う者たち。それを避けての急な御出立でしたので真浦の地に泊まるべき家もありませんでした。そのため海蝕洞窟に身を休めて夜風を防ぎ一夜を過ごされました。
翌日この地の郷士、永井三郎兵衛家は日蓮聖人を丁重に迎えて御供養を捧げ、一夜の宿を提供されました。そして永井家は寺泊に向かう船を仕立て、15日の夜が明けきらない頃に、聖人ご帰倉の船は真浦から船出をされたと伝わります。その折、日蓮聖人は永井家に対し「船元」の屋号を授けると共に、後年「薄墨のお曼荼羅」を授与され、当家で大切に格護されています。
『月あらたなる夜に信心をこらし海上を見れば、波のあや題目の文字をなすとかや』
阿仏房夫婦をはじめとし、心通わせた信徒達、島での教化を託されたお弟子さん達が浜を離れ行く日蓮聖人を乗せた船を見送られます。まだほの暗い時刻、うっすら遠ざかる日蓮聖人に向かって、たまらず見送りの人々が手を合わせ御題目を唱え始めました。聖人がそれにお応えされて御題目を唱えると、船に揺さぶられた海面の月影が水上に「南無妙法蓮華経」の銀字となって現れました。
それ以来、新月の夜半にこの海に向かって一心に唱題すると月明かりに照らされ波間に御題目の文字が浮かぶと伝承されています。これが真浦に伝わる「波題目」です。
真浦を出港した日蓮聖人一行は、暴風雨に遭い予定していた越後「寺泊港」ではなく「柏崎の岬」に着船することとなりました。無事に上陸できたことを諸天善神に感謝し、八幡台菩薩を中心に三十番神を合祀したのが柏崎番神堂の縁起です。
※伝承では「佐渡から戻る聖人の首を討とう」と、数十名の念仏信者が寺泊に待ち構えて居たとも伝わっています。
3月13日の月曜日から佐渡島に渡ってきました(^^)/
勿論お仕事です!そう言えば佐渡に遊びに行ったことないなぁ~(;^^)
赦免状が届き、いよいよ佐渡を離れる日蓮聖人でしたが🚢
海風に拭き戻され、ここ真浦の地に一旦上陸されました。
その歴史継承にと佐渡で教化された檀越が聖人を偲び「日蓮堂」が建立されたそうです!
棟や柱の至る所に聖人を偲び御題目や給仕者のお名前が記されています📝
掃除に片付け、祭壇の飾りつけ終了( `ー´)ノ明日の「御出立750年法要」の打合わせ。
いよいよ明日は日蓮聖人が佐渡を出発してちょうど750年の聖日。
御赦免状が届き佐渡を離れることとなった日蓮聖人。艱難辛苦の生活の一方で「かけがえのない篤信の信者」たちと出会った場所でもありました。
心を交わした弟子信徒との別れはどのような気持ちだったのだろう?地元に伝わる波題目「七辺返し」。
見送った方々や、見送られた聖人の気持ちが胸を打つように強く感じられました。








御縁日に当たり七面大明神様に「私達の人生にも光明✨」が授かる様に願いを込めて💗平成20年から毎月19日に⏰「法華経講義」を開催してます(*´з`)
今回で第132回目・法華経第27章『妙荘厳王本事品』の1回目φ(..)
っと言いつつも(;´з`)脱線話の方が楽しくて💗本題に入る前に終わってしまいました(;^^)反省。
まだ眠たくて起きれませんが(*ノωノ)
「お父さん帰って来たよ♪」っと声をかけられたら飛び起きた✨
滑る個所をコンプレッサーで圧をかけツルツルからザラザラに加工して頂きました(^^)/
出来た当初から「危ないから直そう」と依頼して居たものの…。
実際に転倒された方が居らしてからの修復で心苦しい限りです(/ω\)
もうコレで大丈夫なのではないのかな?っと思います!
皆さんが安心してお参り出来るように誠意を込めて頑張ります(‘ω’)ノ
あれから12年⏰今年で13回忌。私に出来ることはお経を上げること🎤
現地へ慰霊法要や傾聴活動・瓦礫除去のボランティアに伺った時のこと
解り易く子供達にも説明して一緒に手を合わせてもらいました。
お経を必要とされている方々にシッカリと届くよう御回向させて頂きます。
21時に子供と寝ると2時に目が覚めグタグタするが(-_-)zzz…
結局、眠れないのでお仕事開始💻☕そろそろお勤めの時間だな🎤
↑っと言う私に対し(;^^)/←あなたは家でユックリ飲みたいだけでしょう?←見抜かれてる(/ω\)💔
良い笑顔だね🎵外食最高(;^^)/
お前たちも「飲み放題」に弱いタイプだな(*´ω`*)さすがは私の分身💗


「どうせ料理するんだからさぁ💡家でやろうよ♪」ゆっくり飲めるじゃん⏰




