境内の梅が黄色に完熟してきました🍊✨
梅干しは苦手なのですが💦この時期「興味本位💓」で食べたくなります( ;`ー´)ノ
「和尚さん梅干し嫌いなの❓」←とよく聞かれますが👂小さい頃⏰知らずに大粒の梅干しを口に入れ💦
「余りの酸っぱさに」舌から血が滲みでた💔それ以来トラウマです(/ω\)
いつか克服しよう( `ー´)ノと試してみますが「美味しい💓」と感じたことが一度もない(-ω-)/
我が家の梅干し🍊うちの奥さん作✨梅干しなんだけど干さない「梅の塩漬け🍊」

6月25日(木)16:00から⏰西堀本覚寺さまに於いて🏠
奠伝会(でんとうかい)の研修会&総会が執り行われました📖
身延山大学客員教授・立正大学非常勤講師・日蓮仏教研究所主任をお勤めになられる都守基一先生をお招きして🏫
「日奠上人と奠師法縁」について📝研鑽を重ねました📖
妙心院日奠上人(1601~1667)は江戸時代前期に活躍された日蓮宗の僧侶で、加賀藩前田利常の生母「寿福院夫人」の甥にあたると伝えらる。
はじめは宣道(義道・顗道とも)日傳と名乗り下総中村檀林で修学。寛永16年(1639)、39歳で寿福院の菩提寺である能登滝谷妙成寺17世を継承🏠。慶安元年(1648)より5年間⏰中村檀林の日本寺第9世化主を務め🎤万治3年(1660)60歳で身延山久遠寺第28世の猊座に就いた🏠
この時、身延山の御歴代上人の中に第13世「宝聚院日傳上人」がいらっしゃった為、同じ日号を憚り「傳→奠」と改名された。
在山8か年の間に法華経布教に重きを置き、そして身延山の繁栄にも尽力をされた。妙成寺に於いては現存する書院・七面堂を建立、加賀三宝寺・常栄寺・蓮華寺・能登柳田浄心寺・越中泊妙輪寺を開創し末寺とした。
身延山久遠寺に於いては「上の山」を切り開いて🌳奥之院へ往還しやすいように整備し🔧五重塔・丈六堂・経蔵・大黒堂・三光堂を上山に移転🏠大規模な境内整備を行った。
また不受不施派対策にも取り組み📝「受不施」の思想を確立させた✨上人は檀林の門下教育にも努め( ..)φ現在に残っている600寺余りを擁する奠師法縁の縁祖と称された💡
現在、日傳上人のお曼荼羅として数えられるものが、九十数点確認されているが📝ここ本覚寺さまに所蔵される日傳上人の大曼荼羅を合わせると100点を超えるとのこと。
詳細は書ききれないので割愛💔(;^^)/
研修会を終えて、総会開始📝今回も貴重な学びとなりました( ..)φ📝
6月23日~24日📅石川県「和倉温泉のと楽さん」で北陸教区伝道企画会議が開催されました📝
朝6時⏰新発田を出発🏠新潟市・内野で、それぞれ所長と事務長を乗せて片道370㌔🚙SA初めて食べた金沢チャンピオンカレー🍛スパイスが効いて旨い(*’ω’*)/
寄り道せずに真っ直ぐ来たのだが13:00⏰受付ギリギリに何とか会場へ到着🏢🚙💦
北陸4県9管区・宗務所長・伝道担当・宗務担当事務長・宗務院の部長・課長・伝道局長etc…
宗門が掲げる方向性と現場の意見の擦り合わせ📝5年後にお迎えする日蓮聖人の750遠忌の件、その他諸々( ..)φ
13:00から始まった会議も夕食18:00ギリギリまで協議📖⏰せっかく温泉に来たのに「湯に浸かれないハプニング(:^^)/」それでも夕飯の時には身延山大学の恩師の先生や、この度の荒行堂で副伝師をお勤めになられた先輩とお話しできて✨本当に貴重で有意義な「お教え」と「意見交換」が出来ました💓
翌朝⏰早起きして散歩。念願の温泉に漬かり♨(^^)/朝食🍱
お昼前まで再び会議📝さぁ~新発田まで帰りましょう🚙片道6時間のスタートです💦
海がきれいだなぁ(*´з`)運転は好きだけど🚙長旅はくたびれる💔
毎月19日は法華寺に勧請される「末法総鎮守七面大明神」さまのご縁日💓
11:00より読誦会🎤(今日は大黒祭の同時開催🎵)続いて第2部 法華経講義📖
18:30⏰皆で読経19:00~20:30まで例え話をもちいて楽しく法華経の内容を解説します📖
旅行も勉強も一緒🌳📝ガイドさん講師の先生が分かりやすく楽しく話せば好きになる💓📖
そんな勉強会をテーマに今回で第155回の法華経講義を開催することが出来ました✨
御参加の皆様🎵お疲れさまでした(*’▽’)/良き学びとなりましたでしょうか❓
次回は8月19日。11:00から読誦会🎤18:30から法華経講義📖
※檀信徒問わずどなたでも御参加いただけます。会費は無料。初回のみ法華経開結の訓読本と参考書をお求めください。2冊で4000円です。