あの松の見える山に法華の寺を建てよ

新潟県奠統会 総会&研修会

6月25日(木)16:00から⏰西堀本覚寺さまに於いて🏠奠伝会(でんとうかい)の研修会&総会が執り行われました📖身延山大学客員教授・立正大学非常勤講師・日蓮仏教研究所主任をお勤めになられる都守基一先生をお招きして🏫「日奠上人と奠師法縁」について📝研鑽を重ねました📖妙心院日奠上人(1601~1667)は江戸時代前期に活躍された日蓮宗の僧侶で、加賀藩前田利常の生母「寿福院夫人」の甥にあたると伝えらる。

はじめは宣道(義道・顗道とも)日傳と名乗り下総中村檀林で修学。寛永16年(1639)、39歳で寿福院の菩提寺である能登滝谷妙成寺17世を継承🏠。慶安元年(1648)より5年間⏰中村檀林の日本寺第9世化主を務め🎤万治3年(1660)60歳で身延山久遠寺第28世の猊座に就いた🏠

この時、身延山の御歴代上人の中に第13世「宝聚院日傳上人」がいらっしゃった為、同じ日号を憚り「傳→奠」と改名された。

在山8か年の間に法華経布教に重きを置き、そして身延山の繁栄にも尽力をされた。妙成寺に於いては現存する書院・七面堂を建立、加賀三宝寺・常栄寺・蓮華寺・能登柳田浄心寺・越中泊妙輪寺を開創し末寺とした。

身延山久遠寺に於いては「上の山」を切り開いて🌳奥之院へ往還しやすいように整備し🔧五重塔・丈六堂・経蔵・大黒堂・三光堂を上山に移転🏠大規模な境内整備を行った。

また不受不施派対策にも取り組み📝「受不施」の思想を確立させた✨上人は檀林の門下教育にも努め( ..)φ現在に残っている600寺余りを擁する奠師法縁の縁祖と称された💡現在、日傳上人のお曼荼羅として数えられるものが、九十数点確認されているが📝ここ本覚寺さまに所蔵される日傳上人の大曼荼羅を合わせると100点を超えるとのこと。
詳細は書ききれないので割愛💔(;^^)/研修会を終えて、総会開始📝今回も貴重な学びとなりました( ..)φ📝

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  • 投稿日: 2026年06月28日
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