たった一人で新発田藩を救った烈士 井上久助氏367回忌法要
今から366年前のこと⏰万治3年(1660)10月10日。たった一人で新発田藩を救った烈士✨
井上久助氏367回忌法要を奉行しました🎤新発田藩と会津藩ではお互いに助け合うために塩と蠟燭を送りあう間柄でしたが( ..)φ
政治的な問題で誰かが犠牲にならないと新発田藩の窮地は勿論のこと大勢の死者が出る騒ぎが起こりました💦その時、手を挙げて「私の命と引き換えに新発田藩を守ります!」と奮い立ったのが井上久助氏でした✨これを世に伝わる「塩止め事件」と申します。
井上久助
ここは割愛したくない重要な所なので↑ぜひ一度はお読みください📝👀
今日、令和8年10月10日13:00から法華寺役員さんと井上久助氏367回忌法要を行いました🎤
法要を終え⏰井上久助氏の心情とお役目について役員さんと一緒に振り返りました📝👂
これよりは新発田藩と会津藩の境界線、山内口留番所の公園へ移動🚙
地元の方が久助氏を想い、何度も×2行政と話し合いを重ね、やっとの思いで刑場後に建てられた碑の前で読経🎤
ちょうど画像の右側。大きな鉄塔が立つ周辺で首を切られたとのこと…
久助氏の父が急死した際に井上家を救って下さった初代新発田藩主溝口秀勝公。久助氏はその恩義と殿が愛した新発田藩を救うことが秀勝公への御報恩として、自らの命の犠牲を払い新発田藩の窮地を救ったのでしょう。
本来は新発田の英雄と語り継がれなければならない久助氏。ですが「まだ新発田・会津藩の火種が🔥消える前だったので💦」【本音と建て前】で英雄が罪人として歴史に刻まなければならない時代背景📖⏰…
本当は違うのに、その様ように語り継がれることを「覚悟の上で自らの命を懸けた井上久助」氏。
みんなの力で英雄にしてあげないと申し訳ないですよね(/ω\) 法華寺では御命日にあわせ「語り部」さんや、幾多の場所で住職自ら講演をしてます。興味がある方はぜひお問い合わせください。







